5月28日は在原業平がこの世を去った日です。880年(元慶4年)のことでした。
容姿端麗、『伊勢物語』の主人公とされ数々の有名な和歌を残す…
などなど、あまり古典に詳しくなくてもミーハー心が沸きますよね。
今回はそんな在原業平についてまとめてみたいと思います。
在原業平の生い立ち
父は平城天皇の第一皇子・阿保親王、母は桓武天皇の皇女・伊都内親王で、業平は父方をたどれば平城天皇の孫・桓武天皇の曾孫であり、母方をたどれば桓武天皇の孫にあたる。血筋からすれば非常に高貴な身分だが、薬子の変により皇統が嵯峨天皇の子孫へ移っていたこともあり、天長3年(826年)に父・阿保親王の上表によって臣籍降下し、兄・行平らと共に在原朝臣姓を名乗る。
引用: Wikipedia
不遇の時代を経て、最終官位は蔵人頭従四位上行右近衛権中将兼美濃権守という要職につきました。
蔵人頭(くろうどのとう)とは蔵人所の長で、主な仕事は天皇身辺のお世話や天皇の意思を太政官組織に迅速に伝えることです。
在原業平の人物像
菅原道真らが編纂した「日本三代 実録」に、在原業平を評してこのような記述があると言われています。
「体貌閑麗、放縦不拘、略無才覚、善作倭歌」
…容姿端麗で好き勝手な行動をしている、漢詩や漢文など基礎的な学力はないけれども和歌は素晴らしい…ということでしょうか。
この一文だけでものすごいチャラいプレイボーイを想像してしまいます(;'∀')
噂によれば (?) 枕を共にした女性のラインナップは若い娘から上は99歳までと幅広く、その数3733人…!
その中には小野小町も名を連ねているそうですよ。
代表的な和歌
『古今和歌集』の中で印象的な桜の和歌を2つご紹介いたします。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」
現代語訳: この世の中に桜というものがなかったとしたら 春を過ごす人の心はどんなにのどかであることでしょう
「さくら花 ちりかひくもれ 老いらくの 来むといふなる 道まがふがに」
現代語訳: 桜の花よ、あたり一面を曇らせるほど散り乱れておくれ。老いというものがやってくる道がわからなくなるまで
「唐衣(からころも) 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
現代語訳: 何度も着てこの身になじんだ唐衣のように長年なれ親しんだ妻が都にいるので、その妻を残したまま来てしまった旅はなんとわびしいことかとしみじみと思います。
この歌は、
からころも
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞおもふ
と、語頭を並べて読むと「かきつばた」と読むことができます。
伊勢物語の中で、旅に出た主人公が三河の国の八橋という場所でかきつばたが咲いていたことから
「かきつばた」というご文字を上に置いて歌を詠めと言われて即興で詠んだ歌とされています。
かきつばたって何?
ちょっとここでおまけです。
「かきつばた」とはこのようなお花のこと。見ての通り? というべきか、アヤメ科アヤメ属の植物になります。
私はすっかりアヤメだと思い込んでいたのですが、カキツバタとあやめとは明確なちがいがあるようです。
・かきつばた(杜若)…浅い水辺から茎を出して咲く
花弁の中央に白く尖った模様がある
幅広で柔らかい葉
・アヤメ(菖蒲)…陸地で咲く
花弁の中央が網目模様、模様は少し白かさらに中央がやや黄色がかる場合も
葉は細くてかたい
うん。
言われてみたらはっきりと違いがわかりますね。
【かきつばた】
【アヤメ】
ちなみに上のかきつばたの方の投稿は、伊勢物語に登場する八橋(愛知県知立市八橋かきつばた園)の写真になります。
ちょうど5月はかきつばたが咲き乱れる旬の季節となっています。
今年は新型コロナウイルスの影響で関連イベント等は中止になっているようですが、また美しいかきつばたを楽しめる世の中に早くなってほしいと願います。